2011年3月 2日

アラブの動きは中国に伝染するか?

今朝の新聞を見ていたら丹羽中国駐在大使の発言として、
`中国では、ジャスミン革命は決しておこらない。‘が紹介
されていた。
`起こらないのではないか‘と言うようなやわらかい表現ではない。
果たしてそうだろうか?

中国の歴史を振り返ってみると、22,3年後とに大きな動きがある。

この前の大きな動きは1989年6月の天安門事件、その前は
1966,7年の文化大革命、その前の1944,5年ごろは1949年の
中華人民共和国設立にむけての武力展開のまっただなか、であった。
そしていま、天安門事件から22年目である。
天安門事件のときにはまだインタネットはなかった。それでもあれだけの
多くの人が動いた。
最近の運動で気がつくのは一党独裁から多党化への要求である。

中国の22,3年という動きのサイクルが気になる。

2011年4月20日

NHKよ、なぜ安易に増税のシナリオの尻馬に乗るのか?

先日、NHKのテレビを見ていたら`調査によりますと増税に賛成が30数%ありました。‘などと涼しげな顔をしてアナウンサーが話していた。
つい先日、前会長の約束であった視聴料の10%削減を震災を口実に撤回するというような発言に追いかけるように、である。
増税支援の意見があるのだから、視聴料削減の撤廃もよかろう、という魂胆が見え見えである。この際我々は政府の一部の増税願望者の尻馬にのるNHKを国民の視聴料で運営されている放送として支持する必要があるのだろうか?

増税に関する議論、調査は国債残高の大きさによる脅迫との抱き合わせであり、しかも、対案の提示なしに賛成か反対かを聞く誘導尋問方式とも言える調査である。
ここまでくると、決して好きな政治家ではないが、亀井静香の提案している災害復興目的国債を発行しその国債には相続税に関する優遇制度を与えることによって相続税に敏感な金持ちに国債を買わせよう、という案に大賛成である。特別な国債だから償還期限を長く設定し、その国債に関しては相続税減税を適用する代わりに国債は無利子とする案である。
平常の歳出不足の補填に国債を発行するよりはこのようなときにこそ目的を明確にした国債を発行することは国民の理解が十分得られるはずである。

多分、900兆円もある国債残高はどうするのだ?ポルトガルのように国家がデフォルトになったらどうするのか?と言う疑問があるだろう。しかも最近流行のジャックアタリの本を読んだ人はとくにそう思うだろう。しかし、彼の日本に関する指摘には重要な点が少なくとも二つ抜けていることを知る必要がある。ひとつはよく指摘されている国債の95%は日本国で消化されているということと、もうひとつは事実確認が必要だが日銀は100兆円に及ぶ米国国債を保有していて、しかもさおの大半はNY連銀の地下の倉庫にあるといううわさである。多分、G20の参加メンバーはこのことを踏まえて先日のような日本経済に対する評価をくだしたのであろう。
日本の国債残高がもし深刻であれば先日のG20のような日本には十分回復力がある、と言うような判断は示されないだろう。むしろつみあがる国債残高にくわえて災害による資産のロスで日本の経済はきわめて危機的になる、と言う判断がしめされるはずである。
ここに、国債残高を脅迫の手段につかうところと日本経済は十分復旧の力がある、という判断の間に矛盾があるのだが、知っていてそれを会えて切り離して扱おうと言う姿勢、あるいはその点に気がつかないのは不思議ではないか?

2011年5月24日

千年に一度のことなのに、、、

震災以来、その社会的対応を見ていてどうもすっきり収まらない
ことがいくつかあった。
なぜ、納得できないのか、すっきり理解できないのか、常に考えて
いたわけではないが数日前にちょっとひらめいた。

今回の震災は千年に一度起きるか起きないかといったことである。
まず、それを平常時の社会の運営を前提としてつくられた現行の
法律で処理できる、とおもっているのだろうか?
いろんなところで、法的には、、、という出来ないことに対しての理由
が出てくる。そもそもこのような状況下で現行の法律を前提に
法的には、、、という話が通用すると思っているところがおかしい。
立法府がある。法律をつくるところである。官僚がいる。法律案を
作成するのが大きな仕事である。
いまこそ法案つくりの日ごろの腕を発揮してほしい。

復興国債の話もしかり、である。
子供の代まで負担を残したくない、など経常収支を補うための国債
発行と同じ次元でしか見ていない発言がある。
千年に一度のことの対応が数年でできると考えている。
千年に一度のことで必要になる国債なら千年国債とは言わずとも
百年国債が発行されてもよいのではないか。

多額の国債発行はインフレを招かないか、という懸念も中央銀行の
偉い人は思っているらしい。
しかし、現実をみると何十兆円かの試算が失われたわけである。
バランスシートががっくり傾いている状態だろう。
そのバランスを戻すために資金注入をすることがインフレを招くの
だろうか?
ここでも非常時発想がなされていない。

結局、なんとなく変だ、と思っている根本は非常時なのに平常時
の発想で考え行動していることではないだろうか。
もちろん、ごく一部の人たちだろうがそれがイニシアティブを持って
いる人たちがそうなのだから始末が悪い。よく言われる危機感が
足りない、というのはそういうことなのだろう。

2011年11月16日

円高ー通貨は商品では?

円高を議論するとき、為替市場におけるドルと円との交換レートに関して
その変動について議論されている。
そもそも、円高のわかりにくさは高くなるというのにその数字は少なくなる
ところである。

先日、テレビで国会議員が二人出てきて、司会者が円高について質問
したときそのうちの一人がとてもわかりやすい説明をした。
その議員いわく、‘リーマンショック前には日本は1万円札を10枚、US
は100ドル札を10枚もっていた。そのときは1ドル100円だった。
ところが、リーマンショック後USは手持ちのドルの枚数をふけし続けて
今では15枚もっていて日本は相変わらず1万円札が10枚。リーマン
ショックの前と両国が同じバランスだとしたら100ドル札1枚は7500円
になっている、と言うのが現状。それを解消するには1万円札を5枚
増やせばよい‘。
そこで司会者はもう一人の日銀出身の議員に聞いた。
その議員は‘いわゆる量的緩和ですね。‘
せっかく一方の議員が判りやすく話しているところを金融専門語に置き換え
結局話が途切れてしまった。
専門家が権益を守るひとつの方法に「その分野専門の専門用語を駆使
して聞いている人の理解をしにくくする、と言う手がある。
まさにこれである。

さて、通貨を普通の商品と思うとどう見えるか、つまり円を商品と
してみたら少しはわかりやすくなりはしないか?

というわけで、回を分けて商品としての円について考えてみる。
目的はそれによって少しでもわかりやすくならないか、ということである。

2011年12月 1日

大学教育と就職

今日から就職活動の会社訪問など、解禁だそうである。
以前のブログで書いたように、企業は積極性があり、コミュニケーション
が出来て、チームのメンバーの一人としてチームワーク良く仕事の
できそうは応募者を選ぼうとする。
受験する学生は、企業の求めている人物像をおもんばかってか、自分が
いかに積極的でコミュニケーションがうまく、チームワークに優れている
かを経歴書に書き、面接となればそれを強調する。
ただし、それらをどこで身に付けたかというと、大学の講義を通じて、と
答えたり書いたりする応募者は無く、おおよそすべての応募者はサークル活動
の委員の経験からリーダーシップを身につけ、バイトから仕事に対する積極性
とチームワークを学び、海外旅行からコミュニケーションの重要性を学んだ、
と言う。
そこで、企業側は採用!となるのだが、そこには大学を卒業した応募者を
採用するのにも関わらず、大学の講義から学んだことはほとんどなく、あると
すればその大学の名前だけである。

どうもこの辺りがすっきりしないので、偶然見つけた`学問の進め`の現代語訳
を見てみた。すると最初の数ページにその答えが書かれていた。いくつかのフレーズを適当に抜粋する。

福沢諭吉著、斉藤孝訳 現代語訳 `学問のすすめ`(ちくま新書)

人は学ばなければ智にならない。智のないものは愚かな人である。

世の中には難しい仕事もあるし、簡単な仕事もある。難しい仕事をする人を地位
の重い人といい、簡単な仕事をする人を地位の軽い人という。
おおよそ心を働かせてする仕事は難しく、手足を使う仕事は簡単である。

天は高貴を人にあたえるのではなく、人の働きにあたえるのである。

学問とは、ただ難しい字を知ってわかりにくい昔の文章を読み、また和歌を楽しみ
詩を作る、と言ったような世の中での実用性の無い学問を言っているのではない。

一生懸命やるべきは普通の生活に役立つ実学である。

以上、`学問のすすめ`の最初のところの抜粋であるが、これが正しいとするなら
大学ではサークル活動とバイトと海外旅行を必須とし、今提供しているほとんどの
講座を選択科目としてみてはどうだろう?
あるいはコミュニケーション、チームワーク、リーダーシップを養成する科目を
必須科目として入学初期のカリキュラムに整備すべきではなかろうか。
もし、大学にそのようなカリキュラムがまだ整備される段階に至っていないとすれば
大学外でもよい、体系的にこれらを養成する仕組みがあれば、現状に見られる求人側と求職側のミスマッチが改善されるはずである。
理想的には義務教育の範囲内でこのようなコミュニケーション能力、チームワーク、リーダーシップの養成がなされることだろう。

2011年12月15日

政府日銀とは反対のクルーグマンの意見

円高はちっとも是正されない。企業は日本から脱出を始めている。
たとえば、日産がメキシコでの生産を大幅に増やすように、、、、
デフレで景気が回復していないのに、消費税を上げようとする。
自分ひとりが本当のことがわかっている、とばかりに振る舞い、
国内では論理的説明の全く出来ないだれかがいる。

どうも可笑しい、と思いしばらく前に読んだポール クルーグマン
の‘世界大不況からの脱出‘という本を読み直しはじめた。
ポール クルーグマンは2008年にノーベル経済学賞を受賞
した経済学者である。

以下、その本の中の抜粋である。

ポール クルーグマンいわく:

積極的な通貨拡大策(つまり日銀がお札をもっと印刷すること)を
とるべきである。

日本は1997年、財政の健全性を確保すべし、という主張により
当時の橋本首相は消費税率を引き上げた。景気はあっという間に
後退した。その対策のため財政出動をして、財政赤字はさらに
拡大した。

1990年当時の日本のバブルは自然に破裂したわけではなかった。
日銀は過剰な投機を心配し、刑期のガス抜きをするため金利を徐々に
あげた。1991年になると地価と株価が下落はじめその数年後には
ピーク時の60%にまで落ちた。バブルの崩壊は経済を健全にした
野ではなく、結果的により深刻にしてしまった。

などなど、、、、

結論的にはクルーグマンの意見は緩やかなインフレ誘導をおこなう
べき、とのことである。

多分、政府日銀はこの意見に反対だから今の行動をとっているのだろう。

今後どうなるか、このようなノーベル賞学者の意見も頭に入れて
、我々にできることは事態の動きを見守るしかないのだろう。

今の日本の施策に疑問を持っている人にはぜひお勧めしたい
クルーグマンの一冊である。

2012年2月10日

幸せな老後のためには英語の習得を、

学生の頃には英語は受験のためあるいは就職のために勉強し、
就職したあとは仕事のために勉強してきたのがほとんどでは
ないだろうか。
もう英語から解き放たれる、とおもう年頃になって、実はこれからの
老後を幸せに暮らすには英語がその選択肢を広げてくれることに
気がつく。

税と社会保険の一体化、、、が進もうとしている。
これって、基礎年金部分の年金積み立てを税金に変えようというわけ
なのだろう。年金はある年齢にまで来ると積み立ては終わり、給付を受ける
側になる。それが年金というものである。ところが年金支給の財源を税、
とくに消費税で対応するという事は生きていて消費する限りいつまでも
税金というかたちで年金積み立てをおこなう、ということになる。
つまりは、いろんな変化はあるだろうがそのひとつとして年金積み立てを
税金にする事により、年金をもらう年になった人も一生年金積み立てをする
ということと同義ではないか?
なるほど、そんなわけか!一生、生きている限り年金積み立てをするのか!

さて、周りはもうほとんどが年金をもらえる年齢に達している。
その人たちのかなりの人が半ば本気で海外移住を考えている。
一番の理由は海外の方が生活のコストが安いからであり、さらには今の
タイミングでは恐るべき円高のなかで、海外に行けばその円高メリットが
活かされるからである。
おまけに、日本国内で消費しないので消費税で一生年金をつみたてさせられる
という事からも離れる事ができる。
そんないい事ずくめではないとおもうが、これはかなり企業が日本から出て行こうと
していることに似ている。
そこでどこが良いか移住先を探すのだが、当然暖かくて、食べ物に不自由がなくて、、
となると南アジアに目がいく。さらに、医療とか福祉とかサービスの質も気になる
のでそのような条件を頭において探すと浮かび上がってくるのは英連邦に所属する
国である。
社会の仕組み、サービスなどが英国の基準、水準を取り入れているからである。
さらに、これらの国では英語が通じる!
つまりは、これらの英連邦に属するアジアの国に移住して快適に暮らすには英語
のスキルがあるととても都合がよい。
これからは受験英語ではなく移住英語を学ぼう。