東京外環ひとまわり
今日は、一日、東京の外側を一回り近く移動。
まずは大宮からスタートし、その次は西東京市、さらに西に進んで小平まで行き、
最後は江戸川区の篠崎までたどりついた。
東京には10歳のときから住んでいるから、もう半世紀になるが
一日で今日のような移動をしたのは初めて。
今日は、一日、東京の外側を一回り近く移動。
まずは大宮からスタートし、その次は西東京市、さらに西に進んで小平まで行き、
最後は江戸川区の篠崎までたどりついた。
東京には10歳のときから住んでいるから、もう半世紀になるが
一日で今日のような移動をしたのは初めて。
通常、道路というと公道を示し、公道の最低道路幅は4メートルと
決められている。
ただし、現実には4メートル以下の道路も多く存在し、
それらは建築基準法42条代2項に定めるみなし道路、として定義されている。
最近、西新宿の小滝橋通りに出かける機会が出てきた。友人の会社が小滝橋通り
にあるからである。
新宿駅から7,8分あるく。青梅街道を大ガードのところで西新宿方向に渡り、
小滝橋通りをあるく。昨日も歩いていたのだが、歩きながらどこかの雰囲気に
似てるな、とおもってコーヒーショップとかハンバーガー屋とか中古のレコード
ショップの看板とか見ながら歩いていた。途中、信号を渡るときにはっと気が
ついた。
最近、池波正太郎にはまっている。
今年の6月、コロムビアの社長を退任するとき、友人が池波正太郎の剣術商売
を読むことを薦めてくれたときからである。
それまで、池波正太郎の作品とは無関係であった。
中目黒に古くからある商店街。
古い個人商店が何軒も残っている。
昨年、大晦日に、‘正月は世界地図を見て、、‘と意気込んで中学生以来はじめて
地図帳を買ったところまでは前回の12月31日のブログに書いたが、、、、
じつは元旦の朝から腰、背中、肩に激痛とはいわないまでもかなりの痛みがでて
家の中の階段を下りるときにも腰に響くほど、、、結局正月三が日では体調戻らず
4日も自宅静養、昨日からようやく活動を開始。でも腰をかばって歩くのでなにか
おかしい。
近くの農道で愛犬のロンが車にはねられて死んだ。
いつもわたりなれていた道をわたるとき、飼い主の知人でロンも
よく知っている人の車だった。
先週木曜日、2月18日に沖縄で今後の沖縄の観光戦略について討議する
会議に参加した。
議論をするにあたって正月に購入した地図とコンパスの効果がさっそく
発揮できた。
ことしもほたるいかのシーズンになった。
運良く、3月1日富山県の高岡に行った。
今日、仕事の帰りに地下鉄のなかでなんとなく広告をみていたら、
‘新しいコク、ご贔屓に、‘というコピーが目に入ってきた。
今年も就職活動の季節が始まったのか、街中ではリクルート姿を
見かけるようになった。この中の何人が現役で何人くらいが浪人
なのか?
昨年から年に数回、富山県の高岡市まで出かけている。
友人の紹介で富山大学芸術文化学部のプロジェクトに参加
しているからである。
これまでアットネットホームのときに地域のケーブルテレビ局を
訪問したとき以外に日本海側に行くことの機会はすくなく、最近の
ように定期的に高岡市を訪れるようになるといろいろ発見できて
面白い。
3日ほどまえ、民主党の代表選挙の後の街頭インタビュー。
‘新しい体制に何を期待しますか?‘というインタビューワーに
たいする60歳過ぎのビジネスマンの答えである。
数日前から旅に出ている。
何の問題も無く快適に、無目的に無計画に、順調にすごしているのだがひとつだけ不満がある。
東急東横線の中目黒から徒歩10分足らず、歩数で800歩くらいのところに住んでいる。
駅を降りて構内にある付近の地図を見ると駅の周りは実は住所が上目黒であることに気がつくだろう。
地名は上目黒なのになぜ中目黒という駅名になったか、というと何年か前に町名変更があって駅の周りが中目黒であったのが上目黒になったからである。
少なくとも私が高校3年のころまではこの駅の周辺の住所は中目黒だった。
中目黒はいろんな顔がある。
それをいくつか紹介する。
中目黒のもうひとつの顔は飲み屋の街である。
それこそ、いたるところにいわゆる居酒屋やトレンディなカフェやレストランなどが街中にあふれている。よくこれだけあってみんなつぶれないものである。
その中の一軒で古くからの商店街である目黒銀座の中ほどにある店に張られていた紙がこれである。
中目黒の駒沢通り側に目黒銀座という商店街がる。私がこの街を知ってからかれこれ50年以上になる。そのころには毎月決まった日に縁日が開かれる商店街だったからもう出来てから100年ほどになるのではないか。
今でも古い店が何軒も残っていてこの商店街の特徴はスーパーがないことである。
その商店街をちょうどマリリンモンローの自宅が3億数千万円で売り出された、というニュースが流れた朝,散歩していたらこんなのを見つけた。
年齢を感じることのひとつに身体が言うことをきかなくなることがある。
たとえば、徹夜がきつくて出来なくなるとか、、
私の場合は朝まで遊びほうけることが出来なくなったのは61歳の
ときだった。40肩、50肩もおなじたぐいのことだろう。
最近は、足が持ち主の言うことを聞かなくなった。
中国の有名な政治家で’“不倒翁”といわれた鄧小平の有名な言葉に「白い猫でも黒い猫でもねずみを捕る猫はよい猫だ」と言うのがある。
かなり昔の言葉であるのだが、とても印象深く今でも覚えている……。
かなり以前からはまっているテレビドラマのシリーズにアメリカの捜査モノ
ドラマのCSIシリーズがある。
シリーズは三つの作品系列、ラスベガスを舞台とするCSI:科学捜査班、ニューヨークを
舞台にするCSI ニューヨーク、マイアミを舞台にするCSI マイアミから構成されている。
いずれも、徹底した科学捜査から物証をたたき出し犯人を追い詰めていくドラマである。
ドラマとしてのスピード感も面白いが特に興味があるのは物証をたたき出す科学捜査の
技術と目の付け所である。
そのCSI的な発想で今話題の事件を見てみる。
久しぶりに京都に出かけた。
このところ京都といっても日帰りが多かったのだが今回は一泊。
錦小路に近い三条烏丸のホテルに泊まる。
贅沢ではないものの新しくてとてもきれいなホテルが一泊9000円!
これもデフレの影響か?
観光シーズンまっただなかの週末である。
京都でちょっと長い時間タクシーに乗ることがあり、運転手さんといろいろ
おしゃべりをしていたら面白いことを聞いた。
天皇ご一家もそろそろ京の御所にお戻りになればいいのに、、、
という。いかにも、ちょっと東京の仮住まいに出かけている、というような
感じである。
どうして?と聞いたら、京は都としていろいろ考えて場所が選ばれている
ので、元々「沼地だった東京とはそもそもが違う、という。
まず、京を都に選ぶときに当然ながら地震が無いこと、台風の被害がない
こと、外敵から守りやすいことでこの盆地が選ばれた、という。
しかも琵琶湖を控えた盆地なので地面をちょっと掘れば水が得られるので
飲料水が得やすく、水利が良く、火事のときにも水が得やすいので大火に
ならない、という。
聞いてみれば確かになるほど、と思う。
そこでちょっと思ったのは、確かに奈良も盆地であり、地震の話もあまり
聞かない。山に囲まれ、水利の良い場所である。
ところが難波京は大阪湾に近く位置していたためか、水害に襲われ、ほんの
少しの期間しか使われなかった。
鎌倉も海に近いが三方山に囲まれた盆地に近い地形である。
これまでの歴史を振り返ると東京だけがその立地が異なっていることが
判る。












