2010年8月11日

龍馬伝は演出が面白い

龍馬伝はキャスティングもなかなかだが演出が面白い。
大河ドラマは万人受けを求めるあまり、多くはそのキャスティングで
ひきつけていたように思うが今回は演出、とくにそれぞれの人物の
描き方に注目。

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2013年1月27日

リアリズム追求の罠にはまった?大河ドラマ

某テレビ局の大河ドラマが面白くない、と言われて

何年になるだろうか?福山雅治のキャラクターで救われていた
龍馬伝以前からもそんな意見がでていたが最近ほどでは
なかった。
毎週一回、年間50回もひとつのテーマで持ちこたえることのできる
テーマはそれほど多くない。その重さゆえのむつかしさもあるだろう。
しかし、よく見てみると、歴史ものであるがゆえに、という感じで
史実に忠実に、時代考証ぬ忠実に、ある意味でのリアリズムの追求
に縛られてしまっているゆえにエンタテインメントとしての破天荒な
筋立て、展開ができないところに番組を面白くしたくてもできない原因が
あるのではないだろうか?
番組でちょっと面白いことをやってみると一部の視聴者から、そんなこと
は史実にはない、というクレームが入る。その手の視聴者にとっては
史実にないことを歴史ドラマに出すのは史実=歴史の冒涜だ、と言わん
ばかりではなかろうか?
従って、番組制作側としては最大限史実を尊重し、史実にかんする
リアリズムの追求に走る。
ところが、現実的なことほど退屈なものはなく、夢のないものはない。
おまけに、史実を尊重する人たちに一言コメントするとすれば史実とは
現実にあった歴史のごく一部でしかない。それもそれらの歴史のなかで
極めて常識的なことしか史実として残ってはいない。変わったこと、非常識
なことはおおよそ史実からもれていることが十分想定される。
ドラマの製作者に提案したい。
史実を尊重するのはかまわない。しかし、史実だけがその時代の事実だとは
思わず史実以外の部分に想像をめぐらしドラマを面白くすることにチャレンジ
してほしい。見ている方にとってはエンタテインメントなのである。

2013年2月19日

裁くのは道徳によってではなく法律で

このところ深夜のテレビで英国の女優、ケイト ウインスレットの主演作品を

深夜に放映していた。その作品のひとつである「愛を読む人」の中に出て
きた、ハイデルベルグ大学法律学科の教授がつぶやく言葉が、「裁くのは
道徳によってではなく、法律によってである。しかも、当時の法律で、、、」
主役のケイトウインスレット扮するハンナという女性は第二次大戦中、ナチの
収容所の看守だった。そのときの罪で裁かれる裁判がハイデルベルグ大学
の法学部の学生の実地見学の題材としてとして登場する。その裁判の見学
に学生を引率する法学部の教授が裁判を見学したあとの学生との
ディスカッションの時にした発言がこれである。
この一言はなにか痛烈なナチに対する裁判への批判のように聞こえる。
ハンナが裁かれている裁判は強制収容所時代に看守として教会に閉じ込めた
捕虜が空襲で火災になったときにその閉じられた鍵を開けなかった、それに
よって閉じ込められた捕虜を焼死させた罪に関してである。
裁判で裁判官がハンナの罪状をいろいろ問いただす。
その中の一つで、ハンナは裁判官に「それではあなたならどうしましたか?」と
逆に質問する。裁判官は一瞬たじろいで、結局答えない。
暗に、裁判官もその場にあってはそうせざるを得なかったことを認めたことを
示している。
このナチの看守に対する裁判は戦後の世界でナチに関してそれに対する道徳
的な感情と戦後の法律に基づいて行われている。
しかし、ハンナがとった行動はナチの時代のそこで定められた規則に従って
行動しなければならない看守がとった行動である。
この大学教授のつぶやきはこの裁判が必ずしも適切ではないことを指摘している。
我々も日常においても過去のことを評価するときに得てして現在のルール、基準
で評価してしまいがちである。いままでそれについては何の疑問ももっていなかった。
しかし、それはこの教授の指摘するとおり、後出しジャンケン的な発想である。
過去を評価するときに大いに参考になる考え方である。
この映画、これ以外にも示唆に富むエピソードがいくつもある。見る人によって
かなり解釈も変わる作品だろうがぜひオススメのひとつである。