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2014年9月

2014年9月 9日

今日の代ゼミは明日の大学

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2014年9月11日

和服の古着屋

今日はほどよい天気だったので、昼前から佃島まで

出かけた。

ついさきごろ佃煮が食べたくなって近くのスーパーで買ったのを

食べたところ雑魚の佃煮がたべたくなり、久しぶりに佃島の佃煮屋

まで足をのばした、というわけである。

足をのばしたといっても地下鉄の乗り換え一回で30分で行ける距離にある。

お目当ての佃煮が買えてご機嫌なところ、天気は絶好の散歩日よりなので佃島の

中をうろついていたら間口一間半たらずの小さな和服屋があり、古着も扱って

いたので覗いてみたくなり入ってみた。

古着は買い集めたところから仕入れてくるのだろうか店の場所、店のタイプで

それぞれ特徴がる。最近は古着ブームだから大手古着屋のチェーンの店が

あったりするのでだいぶん事情が変わってきたものの、個人がやっている店

ではその土地柄と店の主人のタイプで品揃えに個性が出る。

その店に入ったひとつの理由は佃島という場所柄、粋な柄の古着があるのでは

という期待があったからである。もちろん、行きずりの店だから買うつもりも

ないし、冷やかしのつもりで入った。

ところが、予想が当たったというか期待通りというか、何着も積まれた古着のなか

をパラパラのみているところで、細かい亀甲の結城紬を見つけてしまった。

色合いといい、織りの模様とその細かさといい、さらには少し着こなされた風合いといい、

とても味わいのよいものである。

もちろん、女性ものなのだがこのレベルの結城は男女を選ばない。男物にし立て直せば

良いし、女物の方が洒落た柄と色合いのものがあるので、男物に仕立てたときには

粋な感じに仕上がる。

しばらく眺めて店主とおしゃべりなどしていたのだが衝動買いに至らず、店をでた。

まさに、後ろ髪を引かれる思いで。

2014年9月16日

事実と主張、論評

このところ新聞テレビをにぎわしている、朝日新聞の件に絡んだことである。

今回の件は新聞とかテレビの報道番組とかの在り方を見直す良いきっかけになれば

結果的には良かった、という事になる可能性もあるが、、、、

そもそも、メディア全般というよりは新聞について考えるとこんな事が言える

のではないだろうか。

新聞に期待しているのは、出来るだけ信頼できる事実を伝えてもらう事と、さらに

其の事実について、新聞としての見方、意見を知らせてもらうことではないだろうか?

同じ事実を取り上げても新聞によって主張が違うであろうことはわかっている。

ところが、事実そのものの伝え方の段階ですでに事実のなかから主観的に取捨選択

した部分だけを伝えられると、事実そのものの姿がわからなくなる。

よく政治家が、マスメディアは自分たちの都合のいいところだけを切り貼りして

伝え、発言しているこちらの趣旨、全体像は伝わらない、とか言っていることがある。

事実を取捨選択して自分の主張に都合の良い部分をもっぱら事実としてならべ、それに

たいして、それぞれの主張をする、というのがこのかたちであろう。

もちろん、客観性薄く伝える側の都合の良い事だけをハイライトして使えるという

ところに既に読者から見ると問題があるのだがそれでも、都合良く並べられた

としても、其の並べられた断片は事実である。並べ方によって見え方が変わってしまった

としても、である。

ところが、事実だ、と称して並べられた事が既に事実ではなく、ある意味で伝える

側が主張したい事を事実に見せかけて並べられてしまうと、その後の主張のところで

其の事実を追認するがごとく繰り返されたら、其の主張は事実に基づく、事実を

素直に眺めた事から生まれる、みたところ妥当性のあると思われる主張となる。

読んだ方は、事実であり、それを半ば繰り返しているようなものだから、もっとも

なことだ、と其の書かれた事を疑いも持たずに信じてしまう。

この、事実であるがごとく見せかけて、送り手の都合の良い主張を織り込む、という

ことになってしまうと、事実が何なのか、分からなくなってしまう。事実を誤認

させるための手段としてこれまでの新聞のもつ信用を逆手に利用された、とおもっても

しかたがないだろう。

今は朝日新聞のことがとりあげられている。しかし、事実として書かれるべきところを

主張をあたかも事実のように見せかけて発信されているようなことは他でもあるのでは

なかろうか?

こう思うのはけっしてじぶんだけではないだろう。

幸い、ネットの時代になって今や情報源は新聞、雑誌、テレビだけではなくなった。

ネットの場合は聴き手が送り手にたいして、本当か?と問いただす事も可能な仕組みに

なっている。

今回の問題は結果として、朝日新聞だけでなく、他の新聞も含めてすべての新聞に

たいしてほぼ確信的な疑いをいだいてしまったのは自分だけではないだろう。

一度失った信頼を取り戻すには時間がかかる。ひょっとしたら新聞業界にとっては

信頼を取り戻すのに必要な時間は、もう、残っていないかもしれない。

2014年9月17日

疑問の目ー最近の円安傾向

円ドルレートがとうとう107円半ばにまで下がって来た。

ほんの一ヶ月前は102円あたりで、この水準が比較的長く続いた。

それとともに株価もじわじわ下がり、15000円を切れて瞬間的には

13000円台にまでさがってきていた。

ここに来て、1ヶ月足らずの間に5円以上下がって107円半ばの水準

である。102円だったのが107円になったのだから5%近くも円の価値が

さがったというわけである。この一ヶ月間でなにかこんなに変動する要因は

なんだったのだろう?

消費税アップの後の経済状況で、4月から6月のGDPの数字が悪く、さらに

企業の設備投資は前年比でマイナスであった。

目前に控えている消費税の再値上げの判断が迫られているこの時期に、経済状況

か良くないのは消費税値上げの先送りの判断を迫られる状況にもなりかねない。

それを恐れるのは財務省関係と消費税アップ派の新任の自民党幹事長だろう。

すなわち、消費税の再値上げを可能にするにはとにもかくにも経済の数字を

良くしなければならない。

景気が良くなっているということの世間への一番の見せかけは株価の上昇

である。株が上がれば時価総額が増える。企業収益に関係なく株価を改善

するには円安にすればよい。株価をドル建てで見ると、円が下がれば株価は

上がり、円高傾向になれば株価は下がる。

つまり、円安にすれば株価は上がり、見たところ景気がよく見える、という

わけである。しかも、株価は円の変動に対して加速度的に反応する。

つまり、おなじ5円の円安でも短期間に円が下がれば下がるほど、株価は急激

に上がる。

それでは、なぜ、この時期に円を下げるのか、というと今、7月から9月の

三ヶ月間の経済統計集計の最終月である。ここで景気指標を押し上げておけば

4月から6月は消費税の影響があり経済は低迷したが7月から9月は株価

にも見られるとおり、経済は力強く急速に回復基調にある、といえる、いや、

言えるようにしたい。そうすれば消費税アップの判断が出来る。

こんな発想で円の価値を操作しているのだとしたら、、、、円の発行高を

増やせば十分可能であり、これまで現政権がやって来た事だから、今更

この手の通貨の操作に逡巡することはない、というわけではないか?

さて、消費税を上げるのは来年度である。この手はいつまで通用するのか?

もちろんそれまでに実体経済が浮揚してくれるに違いない、とねがっている

のだが、、、、そうでなければ何回か、消費税を上げるまでこの手を使わざる

を得ないことになるだろう。そして、消費税をあげたと同時にこの通貨操作を

ストップしたら、、、、、株価は加速度的に反応する、と書いたが今度は逆の

加速度がはたらいたら、、、、、、、いつか来た道の暴落!である。

時期的には2015年の下半期から2016年度の上半期か?

2016年の8年前は何があった?   リーマンショック。

その前の2001年は?        ハイテクショック

其の8年前の1993年は?      国内バブルのはじけたとき

その前の1986年は?        ブラックマンデー         

2015年〜16年がこれまでの繰り返しの波に乗らない事を祈るが、、

ちょうど来日しているクルーグマンはどう見ているか?インタビュー

の内容に要注意である。

2012年から上がりだした株にこれからの人生の糧である退職金を

つぎ込んで買っているのは団塊の世代である。

この人たちが、サブプライムローンでスイートホームを買った庶民が

貧困層に突き落とされた2008年のようなことにならなければよいが、、、。